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2009'12.15 (Tue)

サークルに所属してもずっと孤独だった大学生時代

プロフィールにも書いてあるとおり、大学生のときは英語研究会というサークルに所属していました。

サークルでは英語を使った活動もやりましたが、あくまでイベントや会員とのつながりを大切にすることがメインでした。

サークルの先輩、同期、後輩と飲みに行ったり、カラオケやボーリングに行ったりとそれなりの遊びをやりました。夏や冬は合宿に行っていろんなところに旅行もしました。

表面的には充実した大学生の生活に見えるかもしれません。
だけど、ずっと孤独だったのです。

飲み会では会話がヘタクソでよくポツンとしていたから苦痛でたまらなかったんです。でも仲良く打ち解けたいから我慢して参加していました。煙草を吸う人も多くって、煙草嫌いな私には煙が大変でした。

また、なにより「サークル活動を離れて親交を深める気の会う友人」が居ませんでした。

自分から声をかけない”受身型”だという理由もありますが、人から言われたことが混乱してしまったことも原因だと思われます。また、ほかの記事でも述べているように常識とはかけ離れた言動をするため、いろんなことを言われてしまって自己否定が強くなってしまったことも多々あったのでしょう。

発達障害の特性「100、0思考」から来ていたわけです。

私自身と仲良くしようと近づいてきても、私自身がそれを感じなかったり相手を受け入れられることができなかったことも多々あったのでしょう。

自閉症特有の情報処理の違いから来る言動を私自身も受け入れていなかったし、ありのまま受け止めてくれる人も居ませんでした。

もし、自閉症だということを高校生時代に知っていれば、もっと対策が立てられたはずです。文系だったから授業も厳しくなかったですし。


私が愛読しているブログ、京都ハートネットの「発達障害は友人を作ろう~孤独から抜け出すでは以下のような記述があります。


さて、極限の淋しさというのは、決して無人島に一人でいるようなことでありません。

自分のまわりに、また町に、たくさんの人がいるのにも関わらず、自分が一人ぼっちであるところに強烈な淋しさがあります。

誰にも自分のことを分かってもらえず、誰からも自分の孤独感を気付いてもらえないところに、根源の淋しさがあるのです。

さて、淋しさは人間にとって必ずあるものです。

でも、発達障害の淋しさは、定型の方が感じるようなものでなく、人間の存在を否定するほどのすごいものなのです。
 



情報処理の違いから「常識」を自然に身につけられず、人から言われた言葉を100%鵜呑みにするか、全く受け入れないかのどちらかしか出来ず、それに翻弄されてきました。ソーシャルスキルがないから親しい友人が出来ませんでした。一生懸命みんなのことを考えているのに思考がずれているから、「自分のためにしかやっていない」と散々言われました。

一人で出来ることを見つけてそれに没頭するしか生きる道がありませんでした。
どこにも自分の居場所がなかったのです。

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テーマ : アスペルガー症候群・自閉症スペクトラム - ジャンル : 心と身体

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