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2009'12.21 (Mon)

余計なことに時間を使いたくない ~合理的な考え方から来る感情を受け入れて切りかえす~

私はできるだけ自分のやりたいことに時間を費やしたいと考えています。
だからアフター6とか休日は大好きです。

時々、極端な合理主義になってしまい、やりたいことがトラブルや仕事などで予定変更になってしまうとすぐ怒りや混乱になってしまいます。

例えば、昨日ADSLから光回線の工事があったのですが、午前中に来る予定が集合住宅の壁に杭を打っていいかの確認を取っていなかったため、作業が午後になりました。

予定はありませんでした。

午後から図書館に行きたかったし、1分でも有意義に自分のやりたいことに時間を費やしたいという「あれもこれも」という気持ちから「貴重な時間を無駄にしやがって」という気持ちになるのです。

考え方が合理的なわけです。そして客観的に見ると被害妄想的な考え方にも見えるかもしれません。

「貴重な時間を無駄にしやがって」と怒る事は別に問題ではありません。

問題なのは、「貴重な自分の時間を無駄にされたけれども、相手だって仕事とは言え私のために足を運んで時間を裂いて工事に来ている」と思うことなのです。

これが相手のことを思いやるってことです。

また、2009年12月20日の日記で、クリスマスオフ会でADHDの方から聞いた”年末大掃除のようなイベントをやるという気になれない話”を紹介しました。

彼らが片づけが嫌な理由の一つとして、「自分の時間を取られたくないことがある」と言っていました。

私はおそらく自閉症のみの障害ですが、正直私もADHDの方と同じように片づけが好きはないですし、得意でもありません。

しかし、片付けが嫌ながらも掃除も洗濯もします。大掃除だってします。

「掃除や洗濯は嫌ですが、必要だからやっている」のです。
感情と行動が別なのです。

普段働いているから、こういうときに優先順位を高くしてやるのです。

ADHDの方が片付けられない理由は他にも感覚の問題などがあるようですが、「余計な時間をとられたくない」と思う点では私の合理的な考え方と一緒です。

来年の目標として、自閉症協会の大忘年会で「やりたいことをいっぱいやってきたので、来年は減らします」といいましたが、感情はそのままにしてやるべきことをやるということが言いたかったのです。

感情と行動が一貫していないと納得しないという”こだわり”がよくなかったのです。

「水泳のレッスンに行きたいけれど、明日は忘年会だからあきらめよう。」
「今日は水着を忘れたから、泳げないのは仕方がない。」
「ものもらいができたから、今日は泳ぐのをやめよう。」

泳ぎたい気持ちをそのままにして、現実を受け入れること・・・これもソーシャルスキルだと思います。


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23:19  |  高機能自閉症  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2009'12.20 (Sun)

クリスマスオフ会

昨日は発達障害系のクリスマスオフ会に参加してきました。

注意欠陥・多動性障害(ADHD)や、アスペルガー症候群(AS)、広汎性発達障害(PDD) を抱える人が集まる大規模なものでした。




注意欠陥・多動性障害(ADHD)の方と話す機会があり、こんなことを言っていました。

1.物に対するこだわりが強く、捨てられない。コレクションの趣味がある。少年ジャンプなどの雑誌も何百冊とある。
 (私はけっこういらないものはちょくちょく整理してますし、物を集めるても何も楽しくありません。取ってあるものはわずかです。)
2.年末大掃除のようなイベントをやるという気になれない。
 (私は「今年の汚れ今年のうちに」がモットーです。
3.片づけをしているときにアルバムを見ると何時間も見ている。
 (私もつい見入ることはあるけれど、選別をするために数分みるくらい、見たい物は後で見ます。)



発達障害って微妙なところがあって、自閉症のみの人もいればADHDも持っている人、他の障害も持っている人さまざまです。だから、どうしても私のように発達障害でもわからないことが出てきます。

だけど、自分を知るきっかけになります。
いい勉強になりました。

お菓子とケーキがあって楽しいひと時でした。


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22:15  |  高機能自閉症  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2009'12.17 (Thu)

大学生時代に経験した「部内誌編集委員長」の話

大学時代のサークルのイベントで部内誌を発行する編集長をやったことがあります。
部内誌とは、各サークルの会員が原稿を寄せるもので、その人独特の個性や考え方が知れて結構面白いのです。

自らの希望で、率先して編集長をやったのですが・・・トラブルの連続でした。

自分なりに考えて行動していたのですが、他の編集員や先輩から「考えていない」という言葉ばかり。
定型発達者から見れば当たり前に出来ることでも私にはできないから非常にいらついたのでしょう。

「他のやり方がある」とか「もっとこの点をこうして」というアドバイスなら良かったんでしょう。
「考えていない」と言われてしまうと、全否定に聞こえていました。

こうなると自分は”全くのダメ人間”と思ってしまうわけです。

今考えると、私の言葉の受け取り方が自閉症の特徴である「0、100思考」なわけです。


定型発達の方は、「他のやり方がある」とか「もっとこの点をこうして」ということを感じ、
違う観点から物事を進める私を見て「考えてない」と言ってしまうところがあります。

特に女性は理屈っぽく言うことを嫌うみたいです。

次に、部内誌の編集委員だったKさんという女性です。

Kさんは、あまり熱心にこの部内誌のイベントに参加していませんでした。

ある日、議事録にあったちょっとしたことを「これ、こんな感じでいいかなあ?」ともって行ったところ、
いきなり、

「何でそんなに要領が悪いの?ちゃんと紙にコピーして話してよ」

と怒り始めたわけです。


たった数行の内容だったし、さらっと終わることだと考えていたからコピーをする必要がないと考えていて、「紙がもったいない」からやらなかったのです。

それはいいとして、私が気に入らなかったのは幽霊編集員(ほとんど活動らしきことをしなかった)の癖に「要領が悪い」なんて事を言ったことです。熱心な他の編集員なら言われても仕方ないなと思いますが、そうじゃないからむかつくわけです。

ある日、打ち合わせがあったのですが、そのときKさんは「ドラマが見たいから今日は行かない」と言ったのです。ドラマなんて録画すればいいのになぜって思いました。

反省会でも、「kota君はほんとなんでこんなに要領が悪いのか」と怒り出す始末。ほとんど手伝わず、ドラマを見るために打ち合わせもすっぽかしたことを反省する言葉は一切ありませんでした。

そのことを反省会の議題としてとりあげようとしましたが、他の編集員に止められました。
これが全く気に入らなかったのです。不公平だと思います、

もし、このことをきちんと取り上げてくれたらトラウマとして残らなかったかもしれません。

私はとにかくこういう矛盾したことが嫌いです。


カウンセラーに話したところ、「こういう話はふつう何年も引きずる話ではない」と言われました。
定型発達者はある程度矛盾したことでも受け流せるみたいです。
でも、今の私は受け流せません。

最後に、締切日を過ぎた原稿のお話です。

締切日を過ぎた原稿が会議室においてあって、その原稿には「締切日を過ぎてごめん。もし間に合わなければ載せなくてもいいよ」と書かれていました。

その原稿を受け取ったときはちょうど全ての原稿をコピーして、製本作業に入るところでした。

私は、「間に合わなかったらもう載せなくていいんじゃない?」と言ったところ、他の編集員から「まだ間に合うから載せればいいじゃん」という事を言われました。融通が利かないのです。

「締切日を過ぎてごめん。もし間に合わなければ載せなくてもいいよ」という言葉を字義通りに受け取ってしまったこともあるでしょう。

大学の入試試験のようなものなら、こういう厳正な考え方は正しいのですが、仲間内の雑誌なんだから載せようよと思うのが定型発達者は考えるのですが、私はなかなかこういう考え方に至りません。

こんなことが出来ないなんてと怒られました。
その結果、私は自分を”ダメ人間”と思い込み、自分を責めるわけです。


ますます自尊感情を低くしていったのです。





自閉症と診断され、カウンセリングを20回も受け、勉強会や茶話会で自閉症について勉強したから、ようやく自分の過去に起きた嫌な思い出の原因が何なのかがわかってきたわけです。


でも、定型発達者が起こす矛盾をどうやって受け入れていけばよいのか、今はまだわからない状態です。


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00:24  |  高機能自閉症  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  ↑Top

2009'12.15 (Tue)

サークルに所属してもずっと孤独だった大学生時代

プロフィールにも書いてあるとおり、大学生のときは英語研究会というサークルに所属していました。

サークルでは英語を使った活動もやりましたが、あくまでイベントや会員とのつながりを大切にすることがメインでした。

サークルの先輩、同期、後輩と飲みに行ったり、カラオケやボーリングに行ったりとそれなりの遊びをやりました。夏や冬は合宿に行っていろんなところに旅行もしました。

表面的には充実した大学生の生活に見えるかもしれません。
だけど、ずっと孤独だったのです。

飲み会では会話がヘタクソでよくポツンとしていたから苦痛でたまらなかったんです。でも仲良く打ち解けたいから我慢して参加していました。煙草を吸う人も多くって、煙草嫌いな私には煙が大変でした。

また、なにより「サークル活動を離れて親交を深める気の会う友人」が居ませんでした。

自分から声をかけない”受身型”だという理由もありますが、人から言われたことが混乱してしまったことも原因だと思われます。また、ほかの記事でも述べているように常識とはかけ離れた言動をするため、いろんなことを言われてしまって自己否定が強くなってしまったことも多々あったのでしょう。

発達障害の特性「100、0思考」から来ていたわけです。

私自身と仲良くしようと近づいてきても、私自身がそれを感じなかったり相手を受け入れられることができなかったことも多々あったのでしょう。

自閉症特有の情報処理の違いから来る言動を私自身も受け入れていなかったし、ありのまま受け止めてくれる人も居ませんでした。

もし、自閉症だということを高校生時代に知っていれば、もっと対策が立てられたはずです。文系だったから授業も厳しくなかったですし。


私が愛読しているブログ、京都ハートネットの「発達障害は友人を作ろう~孤独から抜け出すでは以下のような記述があります。


さて、極限の淋しさというのは、決して無人島に一人でいるようなことでありません。

自分のまわりに、また町に、たくさんの人がいるのにも関わらず、自分が一人ぼっちであるところに強烈な淋しさがあります。

誰にも自分のことを分かってもらえず、誰からも自分の孤独感を気付いてもらえないところに、根源の淋しさがあるのです。

さて、淋しさは人間にとって必ずあるものです。

でも、発達障害の淋しさは、定型の方が感じるようなものでなく、人間の存在を否定するほどのすごいものなのです。
 



情報処理の違いから「常識」を自然に身につけられず、人から言われた言葉を100%鵜呑みにするか、全く受け入れないかのどちらかしか出来ず、それに翻弄されてきました。ソーシャルスキルがないから親しい友人が出来ませんでした。一生懸命みんなのことを考えているのに思考がずれているから、「自分のためにしかやっていない」と散々言われました。

一人で出来ることを見つけてそれに没頭するしか生きる道がありませんでした。
どこにも自分の居場所がなかったのです。

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2009'12.09 (Wed)

定型発達者の気持ちになるときもある

同じ自閉症者あっても、人によって症状に差があります。そのため、私自身が他の自閉症やアスペルガーの人と合うとき、「こんなこと当たり前のことでしょ?」と思うことが多々あります。そして、彼らの言動を見て不愉快になることもあります。

このときだけは、定型発達者の気持ちになります。


数ヶ月前の「飲み会」での話です。

その店では「ドリンク飲み放題」だったのですが、私よりも障害の症状の思い人がいて、席を立つのがのがめんどくさいからと言って何種類ものお酒を一気に自分の席に運んでいきました。そして、結局飲みきれなかったのです。しかも数種類のグラスに大量のお酒を残していました。

自分が飲みたい分だけを飲むからこそ、「飲み放題」なわけです。つまり頼んだ客には「頼んだ分は飲む」という暗黙のルールがあります。店にとってお酒の飲み放題は利益が下がるわけですが、何度も足を運んでほしいからというサービスのためにやっているわけです。だから、できるだけ店に迷惑をかけないように、飲みたい分だけを頼むわけです。

しかし、彼は「取りに行くのがめんどくさい」という自分の都合だけで行動してしまったわけです。

また、そのとき初対面だった私に「給料いくらもらっているの?」なんてことを聞いてくるわけです。

私は、「まあ、人並みにもらってますかねえ」とぼかして答えました。

そしたら、「いくらもらってるのか何で教えてくれないの?」と聞いてくるわけです。

彼は障害者年金をもらって暮らしていますから、一般の企業で働いて給料をもらっている私の生活が気になるのでしょう。しかし、人の財産とかに関係することってはっきりとした金額は言わないものですよね?ましてや初対面の人なんかには言いたくありませんし、言いたくないことは言う必要はないはずです。

財産とかを話すのってやっぱり自慢しているみたいに聞こえるときもあるし、給料なんかは会社の業績や出世状況により変わってきますから、給料の話ってデリケートな話です。



私は不愉快な気持ちになって思わず、「そんなこと普通は言わないんですけどねえ。」とつい言ってしまったのです。

こういうところに同じ自閉症であっても障害の程度の差が出るわけです。




「お前はもっと具体的に理屈づけて説明しろといつも言ってるくせに、こんなの矛盾しているじゃないか」と思う方もいらっしゃるかもしれません。こういう指摘をする気持ちはよく分かります。

でも、結論から言いますと、矛盾は存在してもいいわけです。

矛盾が認められないというのは、「白か黒か」という思考しか出来ないからです。
だけれど、どんなに症状の重い発達障害者にも自分が気づいていないだけで、矛盾点があるかも知れません。

自分の中にある矛盾に気づくことも大切ですし、矛盾点を許すことも大切なことだと思います。




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2009'12.06 (Sun)

大忘年会

12月5日に、東京都自閉症協会の高機能自閉症・アスペルガー部会の忘年会が麹町の弘済会館で行われました。

私は別の用事があって遅れていったのですが、料理の数が多くてたくさん食べてきました。


今年の反省と来年の抱負の中を皆さんの前で答えましたが、「やりたいことをいっぱいやってきたので、来年は減らします」なんていう漠然としたことを言ってしまいました。もっと具体的に言わないとダメですね。

つまり、今まであれもこれもと欲張ってばかりだった自分に対する反省です。
なんでもかんでも完璧にやらなければならないという強迫観念を捨てて、手を抜ける部分まで頑張らないという意味です。

強迫観念が自尊感情を低くしてたわけです。

今年の収穫は、自分の感情を少しずつ受け入れられるようになったことです。

20回カウンセリングしたこと、そのときから自閉症について勉強していること、自分の気持ちをノートに書いていることが役に立っているようです。

すべてのことに100点を取る必要はありませんからね(笑)






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